第三者のおはなし カカイルとアンコとイワシ
「あ、カカシ」

七班の任務報告を終えて、家路に着く途中。猫背でのんびり歩いている俺に、後ろから声を掛けてきたのはアンコだった。
あ、久しぶり、と軽く挨拶を交わしてそのまま自然と並んで歩く。どうやらアンコも同じ方向に向かうようだ。
木ノ葉の里は連日の猛暑で夕方になってもずっと気温は高いまま。それでも今日はまだ風が出ていて少し涼しい。と、そこにひゅうっと強めの風が吹いて、カカシの柔らかい髪がふわふわと揺れた。あーー、気持ちいい。
「そういえば」
「ん?」
不意に話しかけられ、風に吹かれボサボサになっているだろう髪のまま俺はアンコへ目を向けた。しかしそんな俺の髪なんて気にする様子もなく淡々と、それでいて少し楽しそうに彼女は話を続ける。
「紅から聞いたんだけど。アンタ最近、よくイワシと飲んでるんだって?」
「…イワシ?」
そう言いながら俺は記憶を辿った。イワシ。イワシ。あー、イワシくんね。まぁ、そーね。確かにたまに飲んでるなぁ。でもそれが何だろう。
少し考えてから、
「んー、そーね、たまにね」
と、無難に答えることにした。
「へぇ~。なんか意外な組み合わせねー!どんな話 すんのよ?」
「別に普通だよ。ただの世間話。あとは…そうだねぇ、最近の…気になることとか」
そう、俺はやんわり濁したんだけど。
「アッハハ!アンタの場合、イルカの話ね!」
と、笑い飛ばされながら間髪入れずはっきりあっさり気になる人━━━イルカの名前を出され。なんでバレてるの?!と、俺は不覚にも内心物凄くびっくりしてしまった。でもそんなことはおくびにも出さず、
「…そーそー、いっぱい聞いてもらってるよ」
と答えると、アンコはうわ、と少し目を細めて俺から距離を取った。なんで。
「だって、アンタの惚気話聞かされるなんて。イワシも大変ね」
溜息まじりにそう言われた。
大変、なんだろうか。俺は、んー…と唸りながら夕焼けに染まる空を見上げた。

確かにイワシくんはウエーーイwwwみたいなタイプじゃないけども、適当に適当な相槌を打ってくれるからとても話しやすい。変に畏まることもなく、俺がイルカ先生についてアツく真剣に語った後にしれっと「え、何スかすいません、聞いてなかったです」とか平気で言ってきたりもする。それでも不思議と腹は立たないというか、イワシくんのそういうところはどこかイルカ先生に似てると思う。そういやこないだ先生が、イワシは親友だって言ってたなあ。

「…俺もね、イワシくんの話聞くよ。イワシくんの、好きな相手の話」

ポツリとそう言うと、思いの外この熱血で男勝りな特別上忍は心底驚いた顔をした。
「へぇー!イワシに好きな子なんているのね!」
なんて言いながら、存外大きい目をキラッキラさせている。あ、これ後で紅に言うつもりだな。
「うーんでも、好きだって言えないんだって。」
「なにそれ!奥手ねー!好きなら好きって言えばいいのよ。だらしないわねー!」
しょうがないわね、アイツ。
俺の横を歩きながら、時折吹く風で乱れる髪を押さえながら。アンコはぶつぶつとそう言った。
うん、そーね。
俺もね、そう言ったよ。こんな家業だしね。
でも言えないんだって。

“自分の心だけを大切にしてるからじゃなく、今のこの関係を大切に思ってるから。壊したくないんです”

「…だってさ」
そう言うとアンコは
「……そんなに好きな相手なのね」
と、複雑そうな顔をした。でも、と続ける。
「いいの?私に言っちゃって。イワシはアンタにだけ話してくれたことかもしれないのに」

んー、そうだねえ。
ま、だからなんだけど。

「誰のことか、わからない?」
「何が?」
「どうして俺が、この話をアンコにしたのか。わからない?」
「………」
「俺はね、誰かの恋の世話を焼くとか、背中を押したりなんて普段はしないんだけど。
ま、でも。誰かさんは鈍いからねぇ」
「………カカシ」

「イワシくんの恋も前途多難だね」
それじゃ。
そう言って、俺は木の葉を撒き散らしながらその場を後にした。



俺に出来るのはここまで。

…別に頼まれてなかったけども。



後日。


イルカ先生に、イワシくんが何だか知らないけどめちゃくちゃ落ち込んでるって聞いた。

俺、心配で…あんなに酷い状態のイワシって滅多になくて。アイツに何度もどうしたのか聞いたんですが、途切れ途切れに「はたけ上忍、もしかしてアンコさんに何か言ったんじゃねぇ?」とか、「信じらんねぇ…まじ無いわ」とか言うばっかりでその……何か心当たりありませんか?俺の知らないとこで何かあったんですか?何か言ったんですか?!なんて。俺は毎日毎日、イルカ先生に詰め寄られている。なんだかあんまり面白くない俺は、俺のことじゃなく親友のことで頭一杯になっているこの可愛い人の唇をじっと見つめ。
そして、唇の形がイワシの「イ」になるたびに、俺は自分の唇でわりと強めに塞ぐことにした。

<終>