シング・ア・ソング 【朧月】⑦
   


「術の暴発…ですか」

穏やかじゃないな。ヤマトは僅かに眉を潜めた。

夜風に吹かれ、さわさわと桜の枝が揺れる。
イルカは相変わらず苦しそうに、肩で息をしながらも、ええ、と頷き、ぽつぽつと話し始めた。

「今日…アカデミーで、基本的な忍術のテストがあったんです」
そこで生徒の一人が放った術が急に変な角度で曲がって。俺、それにうっかり当たっちゃったんですよね。
イルカはそう言いながら、あはーなんて笑っていた。
いやいや笑い事じゃないだろう?!
「…ええと…つまり、具合が悪そうなのはそのせいだと」
「ええ、多分。多分というのは、教えていた術じたいは大したことないものだったんですけど、
なんか…変な方向にチャクラが練られていたみたいでよくわからなくて」
あいつすごいなぁ、将来すごい忍びになるかもなぁ。
なんて呑気なことを言いながら、イルカはまた「あはは!」なんて笑ったが。
やはり相当体が辛いようで、後ろにある桜の木にぶつかるようにもたれ掛かってイテテ!と眉間にシワを寄せながら、そのままズルズルと座り込んでしまった。


正直、いろんな意味で危なっかしい人だな、と思った。

言い方は悪いかもしれないが、仮にも忍びを育てるアカデミー教師がこんなことでいいんだろうか。や、優秀なのは優秀なんだろうけど。
あああでもボクは通ってなかったから知らないだけで、アカデミーって実はものすごーくゆるいんだろうか。暗部はあんなに厳しかったのになぁ、
(カカシ)先輩……諸々とんがってて少し怖かったなぁ…
なんてことをつらつらと考え、少しホロリとしながら遠い目をしていたら。イルカさんは、
「俺のこと、頼りなくて危なっかしいと思ってるでしょう?」
と悲しげに言ってきて、ボクは少しドキリとしてしまった。
「…いえ」
思わず否定したが。
「俺は自分で自分のことを、危なっかしくてマヌケで教師失格だと思っています」
そう、真顔で言われて。

あ、なんだ。
この人、実はめちゃくちゃ落ち込んでる。図太そうに見えたけど、案外………



ハァ、とため息ひとつ。

面倒事は御免だと思っていたけれど。
「しょうがないですね」
「え、…ヤマトさん」
「ボクは何をすればいいんです?」
でもあまり無理難題は、と言いかけたところでイルカの「わぁ!!ありがとうございます!!さっすがヤマトさん!!」という言葉に、え、と言う間もなく。

ぼひゅんと音がして、ボクの姿は上から下まで目の前の、イルカ先生そっくりに変化させられていた。



「では、俺の身代わりを」



そう言って、イルカはニッコリ笑った。


変化の術。一方的にかけられた。
しかも、術固定。印を組むのが見えなかった。

この人ほんとに中忍なんだろうか。   


  あと、やっぱりこの人、図太いわ。



一方。後輩がなかなか大変な目に遭っていることとは露知らず。
カカシは一人、闇夜を駆けていた。

このまま行けば間に合うかな。
確か今日だったよねぇ、お花見。

柄にもなく、自分が浮かれている自覚はある。
なぜ浮かれてるのかはよくわからないけれど。

(そういや花見なんて、毎年参加できたためしはなかったなぁ)

それでも今年の花見は間に合いそうだから。
春の柔らかい月の光を浴びながら、そこらじゅうに咲いている桜から、ひらひらと舞い落ちる花びらを眺めながら。
カカシは里を目指し、一際大きく跳躍した。




******




ヤマトさん、大丈夫かな。


桜の木の根元にしゃがみこんだまま、イルカは空を仰いだ。


いきなり変化の術をかけたから、ヤマトはものすごく驚いていた。
でも、イルカを一切咎めることはなく。
ただ静かに、何故?という目を向けてきた。


━━━━ 実は、術を放った生徒がすごく責任を感じていて。
俺は大丈夫だ、お前や他の生徒に怪我がなくて良かったと言っても、先生ごめんなさい、ごめんなさいって何度も謝るんです。

その生徒が、今夜の余興を見に来るんです。
大丈夫なところを見せたいんです。
だから、お願いします。すみません、不躾なお願いだとはわかっています。
先程、強力な薬を飲みました。じきに効いてくるはずなので、立てるようになったら交代します。
それまで繋いでください。お願いします。


イルカがひとしきり話し終えた後。
それでも少し渋い(イルカの)顔のまま、ヤマトはただただ無言でえぇ~…という感じだったが。


「あとは、約束ってほどでもないんですが…カカシさんも、もしかしたら任務を終えて帰ってくるかもしれないから。
花見に、間に合うかもしれないから。
俺の歌を聴きたいって言ってくれたから。
だから、棄権はしたくないんです」


俺は本当に不躾だと思う。
でも、どうしても。


深々と頭を下げていたら、何故かふふっと小さく笑われた後、
「そっちが本音かな?」
と言われた。

ヤマトさんは、先輩の為じゃしょうがないなぁなんてボヤキながら。
いや、あの、とどもる俺を尻目に、「3分しか繋ぎませんから」と言い残して、出番だぞ~と呼びに来た俺の親友・イワシと共に、さっさとステージの方へ行ってしまった。


そっちが本音って?

何言ってるんだ。
そんなの、どっちも本音。本命だよ。


(…3分くれたんだ、早く治さなくちゃな)


でも俺本当は、薬なんて飲んでないんだよなぁ。




******


「あの……」
「……………」
「イルカの奴、どうかしたんですか」
「…イルカはボクです」
「いや、あの……ヤマトさんですよね。俺、イワシっていいます」
「………」
「訳ありなんスね」
「………」
「あいつ、昔っから不意打ちで人に変化の術かけるのうまいんだよなぁ」
「………あんな術あるんですか?対象を無理やり変化させる術なんて。ボクですら目で追えないぐらい、印を組むのが早かったんですけど」
「やっぱりヤマトさんですよね」
「…………」
「あの術は三代目直伝らしくて。他にも、変なのをいくつか。使えるのは、今はイルカぐらいです」
「そうですか…」
「で、イルカは?すぐには歌えない状況なんすか」
「実は、かくかくしかじかで…」
「あ~なるほど」
「(通じた)」
「なんてね。聞かなくてもだいたいわかります」
「……………」
「イルカが迷惑かけてすいません。でも、お願いします」

そう言って、イワシは深々と頭を下げた。

どこかで見た光景。
なんかこの人、イルカさんと似てるなぁ。

「…代理は、3分だけなんで」
頭を下げられるほどのことでは。そう言ったら、イワシは3分…と呟いて、

「3分つったら、1曲ほぼほぼ全部っすね!!わははは!!」

なんて笑いながら、驚愕するヤマトにそっとマイクを押し付けた。