シング・ア・ソング 【朧月】⑧



イワシとヤマトが行った後。
イルカは本格的に具合が悪くなって、木の根元に蹲っていた。

まじでやばい。頭が痛い。関節が痛い。これは…つまりやばい。

それでも、(事後承諾だが)3分間だけ自分の身代わりを引き受けてくれたヤマトの為にも何とか動けるようにならなければ。そう思ってはいるんだが……
うぅ、と呻いた後、何かないかなぁと諦め半分期待半分でポケットを探ってみる。
昼間、同僚からもらったイチゴ味の飴玉。いつの間にか粉砕されて、小袋の中で無惨な状態になったおかき。くしゃくしゃのレシート。それに、お気に入りの3色ボールペン。
「………………」
はぁ、と溜め息が出た。
と、最後にひとつ、ポケットに何か残っている。
術を暴発させた生徒がくれた、可愛い絵柄の絆創膏だった。
そうだ。あいつはきっと、俺を心配してる。ヤマトさんじゃあ、どの子が俺の生徒かわからないだろう。

行かないと。

そう思ったイルカの脳裏にひとつ、三代目から教わったある術が思い浮かぶ。


(…あれなら。でも)

教わった当時はチャクラ量が足りなくて、そもそも発動すらできなかった。
それにあの術は結局、副作用がひどくて実践ではまるで使い物にならないような、そんな欠陥だらけの危険なものだった。


なんであんな、不完全な術を教わったんだっけ。そういう、細かい経緯は忘れてしまったが。


(使いどころは今しかない)


イルカは一度右手をグッと強く握りしめて、記憶を辿りながら。
今はイルカしか知らない幻の術の印を、ゆっくりと組み上げていった。


ぼわんと一瞬、視界が赤く染まる。

(発動した)


時間がない。この術はとにかく時間がない。
数回瞬きをした後、イルカは足に力が入るようになったことを確認して、すぐさまカラオケステージの方向へ駆けていった。



この術は、一時だけのドーピングのようなもの。
対象は自分。
副作用は、術をかけてから数分のうちに、五感のどれかひとつに影響が出ること。
そしてその後は立っていられないほどの強烈な眠気に襲われること。


(これは、実戦じゃ危なくて使えない。でも、刺し違えるしかないような相手だったら)


それでも、これは使わない。
生きて帰るまでが任務なのだ。


そして、今の俺の最重要任務は。



******



「イルカ」
「…………」
「イルカ」
「…………」
「……あの…ヤマトさん」
「はい」
「はい、じゃないスよ…」

もー!今はイルカでしょ! イワシは小声で言いながらクスクス笑ってヤマトの肩をばしんと叩いた。
そうだった。ボクは今、イルカさんだった。

「イズモとコテツの歌が終わったら最後、イルカの番ですから」
最後。え、最後?
「え、あの、最後って」
「イルカは歌がうまいんで、トリです」
あいつ、ほんと歌だけはうまいんスよ!なんて言いながら、イワシはめちゃくちゃドヤ顔をしている。
なるほど。イルカさんは、そんなに歌がうまいんだ。へー。


………………。


待って、今これ(イルカ)中身ボクなんですけど?!?!?!

イルカさん、早く来てっっ!!!



******



殺気がみっつ。

3時、4時、9時の方向。

「写輪眼のカカシだな」

うわ。まじか。

「……俺、急いでるn「問答無用!!!」


あーーくそ。
早い男は嫌われるよ。


あうんの門は……まだ先だなぁ。